せんごく♦六法

戦国武将の名前と現代人の名前を比べてみると色々違いがわかる

日本の歴史の中でも人気の高い戦国時代。

そんな戦国時代に登場する戦国武将の名前を、歴史ドラマや教科書では省略して呼んでいることを知っていますか?

実際、正式表記で呼ぶと、すごく長い名前になります。

たとえば日本人なら誰でも知っている織田信長の正式表記は「平朝臣織田三郎信長たいらのあそんおださぶろうのぶなが)」実際はこれに官命が付くのでさらに長くなります。

なにかの呪文のように見えますが、現代の「名字+名前」の構造とはだいぶ違うようです。

今回この記事では、なぜ戦国武将の名前はこのような長い名前になってしまったのか、またどのようにして現在の「名字+名前」の構造になったかを解説していきます。

しろくじ長

まずは名前のルールについて解していきますぞ!

現代の名前にはルールがある

現代では生まれてきた赤ちゃんに名前をつける場合、大まかですがルールーがあります。

そのルールについて定めてあるのが「戸籍法」です。

戸籍法には次のように定めてあります。


<第50条>
 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。

2 常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。


「常用平易な文字」とは、

(1) 常用漢字2136字
(2) 戸籍法施行規則別表に掲げられた漢字
(3) 平仮名又は片仮名


ということになっています。

つまり「常用平易な文字」を使えば、あとは特にこうしなければならないというルールはないのです。

そのため日本の法律では、人の命名に関してかなり自由に認められているといえます。

ただし、自由だからと言って名前が難解だったり卑猥だったりと常識を大きく逸脱するような名前の場合、役所は出生届を拒否することもできます。

実際に、男の子に「悪魔」と命名する出生届が拒否され、裁判で争った事件もありました。(裁判所は命名権の乱用として役所の拒否は適正であると判断)

現代には上記のような命名に関するルールが存在しますが、戦国時代ではどうだったのでしょうか。

戦国武将の名前のつけ方

戦国時代には戸籍法50条のようなルールはなく、また現代のような「名字+名前」のような簡単な構成ではありませんでした。

歴史の教科書では戦国武将の名前を「名字+名前」で表記しますが、実際は生まれてから死ぬまで「幼名」「仮名」「実名」などさまざまな名前に囲まれて生涯を過ごします。

織田信長や徳川家康といった有名な戦国武将も、生涯に何度も改名しています。

ではなぜ歴史の教科書では「名字+名前」で表記されるのか。

それは正式に表記したらかなり長くなるからです。

たとえば織田信長の場合

正式な表記は「平朝臣織田三郎信長(たいらのあそんおださぶろうのぶなが)」となります。これに官名の「上総介(かずさのすけ)」を入れて、呼称するときもありました。

すごく長いですよね。覚えるのが大変そうです。

ではこの長い名前にどういう意味があるのか、またどのように変化していくのかを説明します。

戦国武将の名前の成り立ち

①「氏(うじ)」
信長で説明すると「平」の部分が氏になります。

氏とは、簡単に言うと血筋を表します。天皇から賜ったり(源、平、藤原、橘)、地名に由来したり(蘇我、出雲)したものがあります。

②「姓(かばね)」
姓とは、日本古代からある仕組みで身分や地位を表します。

古代の姓には、(おみ)・(むらじ)・(みやつこ)・(きみ)・(あたえ)など数十種類あり、出自や職業によって与えられていました。

684年になると天武天皇により「八色の姓(やくさのかばね)」が定められました。上から真人(まひと)・朝臣(あそみ・あそん)・宿禰(すくね)・忌寸(いみき)・道師(みちのし)・(おみ)・(むらじ)・稲置(いなぎ)の8種類があり、これらを与えることにより氏族の身分秩序を確立しようとしました。

ちなみに最高位の真人は、皇族にしか与えられないため、皇族以外の人にとっては、事実上朝臣が最高位になります。

平安時代になり「藤原」といった氏族が隆盛すると、その末裔たちの姓がほとんど朝臣になっていしまい、姓そのものの意味がなくなってしまいました。

ただし実質的な意味がなくなっても朝臣の名称は残り、公式文書などで使用され続けました。

③「名字(みょうじ)」
名字は、自分の家(直系血族の家族)を表します。

「あれ?氏と似ている!」と思った方もいるかと思いますが、この2つには深い関係があります。

もともと氏を持つことができたのは貴族など限られた人で、氏の種類も多くありませんでした。

そのため子孫が増えていくにつれ、同じ氏の人が増えしまいます。そこで血筋である「氏」ではなく「家」に意識をおくようになり、本家から分かれて分家になる際、見分けをつけるために違う名を名乗るようになりました。

たとえば「藤原」の場合、同じ藤原でも「近衛」、「九条」、「一条」、「二条」、「鷹司」などたくさんの名字が存在します。

④「仮名(けみょう)
仮名とは、本名ではく普段呼ばれる名前のことです。信長の場合、「三郎」が仮名にあたります。

⑤「諱(いみな)」
諱とは、本当の名前(本名)のことで「信長」が諱にあたります。

諱を呼ぶことは、親など親しい人を除いてとても失礼にあたるとされていました。

そのため、「信長様」と呼ぶことは実際にはあってはならず、個人で区別のつけやすい通称名である「仮名」を持っていたというわけです。

以上をふまえて私なりに、信長の正式表記を読取ってみました。

※織田氏の出自は、藤原氏が有力です。

名前一つで、その人物の出自や育ち、どのような人生を歩んできたかまで見てとることができます。

「名は体を表す」という言葉がありますが、戦国武将の名前はまさにその通りです。

戦国武将にとって「名前」は、ただ長いだけのものではなく、名刺がない時代に相手に自分のことをを紹介する手段として、とても重要だったことが分かります。

戦国武将の名前の変遷

誰もが知る戦国時代の三英傑も歳を重ねるごとに改名をしてきました。

織田吉法師(0歳)
  ↓ 吉法師は幼名
織田三郎信長(13歳)
  ↓ 13歳で元服し改名
織田上総介信長(18歳)
  ↓ 家督を継いで、「上総介」を自称
織田尾張守信長(33歳)
  ↓ 上洛の際「尾張守」を自称
織田弾正忠信長(35歳)
  ↓ 「弾正忠」は自称
織田信長(42歳)
    内大臣、右大臣に任官するが辞任

木下藤吉郎
  ↓ 幼名は日吉丸と言われるが不明
木下藤吉籐秀吉(25歳)
  ↓ 
羽柴藤吉郎秀吉(37歳)
  ↓ 柴田勝家と丹羽長秀から1字づつ
藤原秀吉(49歳)
  ↓ 近衛家の猶子となり改姓
豊臣秀吉(50歳)
    後陽成天皇から授けられる

松平竹千代(0歳)
  ↓ 竹千代は松平家の嫡子の幼名
松平次郎三郎家元信(14歳)
  ↓ 元は今川義元からもらう
松平蔵人佐元康(16歳)
  ↓ 祖父の清康から康を取り改名
松平家康(22歳)
  ↓ 独立を機に改名
徳川家康(25歳)
    三河守となるため徳川に

名前の構造の変化

これまで「現在の名前の構想」と「戦国武将の名前の構造」の違いについて説明しました。ではいつから今のような「名字+名前」の形になったのでしょうか。

古代の日本 
古代の日本では、「氏」で同族集団(血縁集団)を表し、王権との関係・地位を示す称号として「姓」が、大王家(天皇家)から与えられていました。

奈良時代
684年に身分制度を整理するため八色の姓が制定、しかし奈良時代後半になると有力な氏族のほとんどの姓が朝臣になってしまい姓が形骸化してしまいました。

平安時代
氏は「源平藤橘」に占められ、「藤原さん」や「源さん」であふれてしまいます。そのため氏でも姓でもお互いの区別をつけるのが難しくなってしまいました。増えすぎた氏族は、自分たちの住む地名などから家名で区別されるようになり、自分たちもその呼び名で名乗るようになります。名字の誕生。

平安時代の終わり
武士も公家と同じ姓を使用していたため、区別がつきにくくなりました。そのため武士も名字を名乗るようになります。


鎌倉時代
農民に名字を与える武士も現れ、誰でも名字を名乗れるようになります。

戦国時代
名字は支配階級の特権として意識するようになり、庶民は名字の公称を自粛します。

江戸時代
1801年苗字帯刀禁止令で、武士や一部の庶民を除いて、公の場で名字を名乗ることができなくなりました。その後、幕末に明治維新が起こり特権だった名字について議論がおこります。

明治時代
全国民の把握や戸籍編成のために1870年に平民苗字許可令が出され庶民でも名字を名乗れるようになります。

さらに1871年に姓尸不称令がだされ公文書に「氏」と「姓」は使用せず、「名字」と「名前」で表記すると定まります。

これにより現代の「名字+名前」の時代が到来することになります。

まとめ

いかがだったでしょうか。

日本人の名前は、まず大きな「氏」の集団から「姓」で区別していたものの区別がつかなくなり、出自を同じくする人達の間で「家」を区別する名称として「名字」が定着しました。

その後一度は名字を名乗れなくなりますが、明治時代になると庶民でも名字を名乗れるようになり、現在の「名字+名前」の構造へと変化しました。

現代の日本では天皇を含む皇族以外すべての人が名字を持っています。

そのため「自分の名字は由来はなんだろう」と気になった事がある方もいるかと思います。

そんな方は、これを機にご自身の名字の成り立ちやルーツを調べてみてはいかがでしょうか。